ここにひとつの物語があります。
その物語を、これから語ろうと思います。
あるひとりの、声を失った女性の物語です。
最初は小さな声から始まりました。
聞こえるか、聞こえないくらいの小さな声です。
けれど耳を澄ますことができれば、
その声を聴くことができるはずです。
そして、あなたの内なる心の声も、
聴きとることができるかもしれません。
これは そんな物語です。
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ある日、彼女は声を失いました。
それは突然やってきて、
生活を変えることを余儀なくされました。
声が出ないことで、仕事も失いました。
耳鼻咽喉科でのどを診てもらっても、
のどに炎症はないので、きっと精神的なものでしょう。という診断でした。
彼女は仕事を辞め、しばらくは心を休めようと日々過ごしました。
声が出ないので、誰とも話せず、
カフェへ行っても、メニューを指で示すことでしか、
コミュニケーションがとれません。
天気がいい日は、よく明治神宮を訪れました。
神宮の森は清々しくて、とても気持ちのよい空気が流れ、
参拝したあとは、境内のベンチに座って、飽きずに空を眺めたものでした。
自分はこれからどうなるのだろう・・・。
声は戻るのだろうか・・・。
不安な気持ちがたくさんあり、絶望にも似た気持ちを抱いて、
そのときはただ、空を眺めることしかできませんでした。
空はどこまでも青く、空気はとても澄んでいて、
明治神宮にいると不思議と心が落ち着いたものでした。
毎日そんな風にして過ごしていましたが、
だんだんと手持ち無沙汰になっていきます。
何かしたい。
誰かと話したい。
そんな気持ちでした。
彼女はふと、クローゼットの奥に仕舞っておいたミシンのことを思い出し、
それを出してみました。
自分好みの洋服が作れたらいいなと思って、ずいぶん前に購入したミシンです。
服飾の学校へ通ったわけでもなく、
家庭科の授業で習った以来のミシンだったので、思うように作れず、
仕事も忙しかったので、ミシンで何かを作ろうということを
そのうち忘れてしまいました。
でも、声が出なくなって、
何かしたい。
そう思ったときに、ふと、ミシンのことを思い出したのです。
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東京では、日暮里に繊維の問屋街があります。
彼女はたくさんある布屋さんを一軒一軒見て回り、
自分のイメージする布を買い求め、
ミシンで作り始めるようになりました。
最初はキャミソールから作り始めました。
自分が持っているキャミソールから型紙を起こし、
洋裁の本を見ながら、作り始めたのです。
はじめのころは、まったく上手に作れません。
試行錯誤の連続です。
それでも夢中になって作り続けました。
時間だけはたっぷりあります。
どうやったら、ここはこんな風に縫えるのか、
どうやったら、この部分は綺麗な仕上がりになるのか、
どうやったら、自分の思うシルエットの洋服が作れるか。
そんな風に作っている時間は、彼女にとっては大変というよりも、
むしろ楽しくて、時間を忘れるほどに夢中になりました。
1日があっという間に過ぎていきます。
朝から作りはじめて、気がついたらもう外が暗くなっている。
そんな時間の感覚です。
布を選ぶところから、デザイン、型紙、
裁断、縫製、アロンがけの仕上げまで、
その一連のプロセスがどれも本当に楽しくて、心地よい時間でした。
そして出来上がった洋服を自分で着て、
それが自分にぴったりと似合っていることが、とても嬉しかったのです。
今まで洋服を買って着ていた時には、得られなかった喜びでした。
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彼女は、窓際のテープルにミシン置いて縫製していました。
開け放した窓からは、心地よい風や、鳥の鳴き声、
人々の生活の音や、車の通る音などが、かすかに聞こえます。
でもほとんどは、心地よい静けさの中で、
ミシンの音だけがその空間に響くような、
そんな環境の中に身を置き、時間を忘れて作り続けました。
「どうしたら美しく作れるか」それだけがいつも心にありました。
ワンピースやスカートを作るときは、自分が持っているものを解体したり、
裏側をよく観察して、どうやったら、ここの部分はこう仕上がるのか、
なぜここに縫い目があるのか、裏地と表地の縫い方、ファスナーの付け方、等々・・・。
何度も何度も失敗し、何枚も布を無駄にしながら失敗を重ねて、
ようやく綺麗に作れるようになる。
そんな繰り返しでした。
うまく作れないからこそ、上手に作れるようになりたい。
そんな思いだけでした。
失敗を重ねても苦にならず、うまく作れるまで、とことん何度でもやり直す。
途中で投げ出したいと思ったこともなく、
自分でも、どうしてそんなに没頭できたのかわからないほどでした。
何かに導かれて、洋服作りに出会い、
時間を忘れるほどに、のめりこんでいく。
声は出なかったけれども、何かを表現したかった。
そして、声の代わりに、洋服が生み出されたのです。
表現としての洋服でした。
自分の好きな布で、自分の好きなデザインの洋服を作り、
自分の手で1着1着、縫って仕上げていく。
そのプロセスが、楽しさと喜び、尊さと手ごたえを与えてくれました。
こんな時間は今まで感じたことがなかったな・・・と。
思えば不思議なことです。
そして3ヶ月後、気がついたら、声が戻ってきていました。
自然と声が出るようになったのです。
洋服を作るという行為によって、彼女は助けられたのです。
洋服に救われたのです。
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声が出るようになって、彼女は仕事に復帰します。
洋服作りの喜びを知り、それが自分のライフスタイルの一部になっていたので、
仕事をしながらも、休日はいつも洋服を作り続けていました。
完成された洋服がたくさん、クローゼットの中に増えていきます。
そしてご縁があって、代官山のセレクトショップで1週間、
自分のブランドとして、販売する運びとなりました。
フライヤーを作り、友人たちに送ったところ、
その1週間は、友人たちがみな会いに来てくれました。
自分も店頭に立ち、友人たちの来訪に楽しくもありましたが、
身内での販売会のような、そんな雰囲気になってしました。
もちろん、お店に足を運んでくれて、私のワンピースを見て選んで試着し、
そして買ってくれた友人たちには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
でも、それではいけない、と思いました。
翌年、同じセレクトショップで再びご縁をいただき、
1週間、再度チェレンジすることにしました。
2度目のときは、友人には一切知らせず、
自分も店頭に立たず、洋服だけで勝負しようと思ったのです。
通りすがりの人が、ふらっとお店に入って、
自分の洋服をどのように見てくれるだろうか。
気に入ってくれるだろうか。
そんな気持ちでした。
月曜日~日曜日までの開催で、最終日にお店を訪れました。
お店のスタッフが「昨日ひとりの女性がすごく気に入って3着も買っていったわよ」 と、
笑顔で伝えてくれました。
どんな人が買ってくれたのだろう・・・。と想像しました。
しばらくスタッフさんたちと雑談をしていたら、
昨日売れた洋服のうちの1着、私が大好きで選んで作った、
青い花柄のワンピースを、とても美しく着こなした女性が
お母様と一緒にお店に入ってきました。
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私の作ったワンピースを着て来店してくれたその女性は、
青い花柄のワンピースがとてもよく似合っていて、
キラキラと輝いて見えました。
その女性は20代前半の、瑞々しさとピュアな雰囲気を身に纏った、
とても素敵なお嬢さんでした。
こんなに素敵な方に着ていただけるなんて。。
感激で胸がいっぱいになってしまいました。
一緒に来られたお母様が、
「昨日は家でファッションショーが始まっちゃって大変だったのよ。
あなたの洋服を本当に気に入ったみたいで。
今日もこうしてお店に連れてこられちゃったの」
と嬉しそうにおっしゃってくださいました。
代官山のすぐ近くにお住まいの、とても品のいい母娘さんでした。
彼女は、
「自分好みの洋服になかなか出会えなかったのだけれど、
この洋服は本当に自分にぴったりなんです」
と話してくださって、その日、さらに2着を試着して、
お買上げくださいました。
土曜と日曜日で、合わせて5着も買ってくださったのです。
彼女に買っていただいた喜びはもちろんありましたが、
なによりも、ワンピースが彼女に本当によく似合っていて、
それはもう私の手から離れ、彼女のために用意されたような
新しいワンピースに見えたことでした。
本当にキラキラと輝いていて、それは眩しいほどで、
感動のあまり、夢を見ているかのような、優しい喜びに包まれました。
その日、家に帰ってから眠るまでの間、そしてきっと眠っている間も、
その喜びはずっと続いて、私をとても幸せな気持ちで満たしてくれました。
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人生、本当に何があるかわかりません。
何が転機となって、自分の人生を変えていくのか。
私は自分が洋服を作るようになったり、まさか自分のブランドを立ち上げるだなんて、
夢にも思っていませんでした。
声を失い、仕事を失った時、絶望感でいっぱいでした。
でも、それがきっかけで洋服を作るようになり・・・。
声を失ったことがすべての始まりで、
声を失わなければ洋服を作ることもなかったはずです。
だからブランド名は「VOICE」。
相手の声を聴き、そこに寄り添ってカタチにしていく。
それが Voice の原点です。
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